慶北大学校における「いじめ加害履歴」に基づく大量不合格処分に関する調査報告書:韓国入試制度のパラダイムシフトと日本への導入可能性に関する比較制度論的検討
目次
- 序論:2025年、韓国大学入試における「静かなる革命」
- 1.1 慶北大学校の決断と22人の不合格者
- 1.2 「公正」の再定義:学力至上主義からの脱却
- 1.3 本報告書の目的と構成
- 第Ⅰ部:慶北大学校(KNU)のメカニズム解剖
- 2.1 選抜方式別の不合格者内訳分析
- 2.2 「減点」という名の事実上の「排除」:アルゴリズムの残酷なまでの実効性
- 2.3 9段階の懲戒レベルと減点幅の相関関係
- 2.4 「定時募集(CSAT)」への適用が持つ歴史的意味
- 第Ⅱ部:なぜ韓国は「厳罰化」に舵を切ったのか? 社会的・政治的背景
- 3.1 決定的なトリガー:2023年「チョン・スンシン」事態の全貌
- 3.2 「ザ・グローリー」現象と国民感情の爆発
- 3.3 「公正(コンジョン)」概念の変容と法的・制度的対応
- 3.4 2026年「全国一律義務化」へのロードマップ
- 第Ⅲ部:韓国の制度的基盤と運用の実態
- 4.1 「学校暴力対策審議委員会」の構造と権限
- 4.2 記録保存期間の延長(最大4年)と「N浪」封じ
- 4.3 被害者同意権の強化と法的紛争の激化
- 4.4 教育大学(教員養成課程)における「ゼロ・トレランス」
- 第Ⅳ部:日本における現状と制度的障壁
- 5.1 日本のいじめ対応:「指導」と「懲戒」の曖昧な境界
- 5.2 「調査書」の構造的限界:性善説と「言わぬが花」の文化
- 5.3 大学入試における「素行」評価の現状と限界
- 5.4 法的リスクと教員の防衛本能
- 第Ⅴ部:比較制度分析与と導入の是非
- 6.1 日韓の「公平性」概念の相克
- 6.2 日本導入におけるメリット(抑止力と正義)
- 6.3 日本導入におけるデメリット(訴訟リスクと教育的配慮)
- 6.4 具体的導入シミュレーションと提言
- 結論:学力と人格の統合的評価へ向けて
1. 序論:2025年、韓国大学入試における「静かなる革命」
1.1 慶北大学校の決断と22人の不合格者
2025年10月、韓国の国立大学の雄である慶北大学校(Kyungpook National University、以下KNU)は、2025年度入学者選抜において、22名の志願者を校内暴力(いじめ)の加害履歴を理由に不合格としたと発表した。
この発表は、韓国内のみならず、同様のいじめ問題を抱える周辺諸国の教育関係者に衝撃を与えた。特筆すべきは、不合格となった22名が、本来であれば合格圏内にある学力や実技能力を有していたにもかかわらず、過去の懲戒処分歴に基づく機械的かつ致命的な「減点」によって、合否判定ラインを割り込んだという事実である。
KNUの措置に対し、韓国市民からは「称賛」の声が上がっている。インターネット上では「慶北大学校は生きている(正義がある)」「入試だけでなく、軍隊、就職、ローンの審査にまで反映させるべきだ」といった過激なまでの支持意見が溢れた。これは、韓国社会がいじめ(ハクポク)を単なる「子供の喧嘩」ではなく、**「社会的公正を揺るがす重大な犯罪」**として認識し、それに対する厳格な社会的制裁(ソーシャル・サンクション)を求めていることの証左である。
1.2 「公正」の再定義:学力至上主義からの脱却
長らく韓国の大学入試は、大学修学能力試験(CSAT:スヌン)の点数が絶対的な指標とされる「学力至上主義」の牙城であった。特に「定時募集(チョンシ)」と呼ばれる一般入試枠においては、内申書や人物評価はほとんど考慮されず、テストの点数さえ良ければ、どのような素行不良者であっても最高学府への入学が許容されるという暗黙の了解が存在した。
しかし、KNUの今回の措置は、この「聖域」を打破した点において歴史的である。不合格者の中には、CSATの点数で合否が決まるはずの「定時募集」志願者3名が含まれており、これは「勉強さえできれば過去は問われない」という韓国入試の不文律が崩壊した瞬間を意味する。
1.3 本報告書の目的と構成
本報告書は、ユーザーの要請に基づき、以下の3点を徹底的に究明することを目的とする。
- メカニズムの解明: KNUはいかなる基準、計算式、法的根拠を用いて22人を排除したのか。
- 背景の分析: なぜ今、韓国の大学はこれほどまでに強硬な姿勢をとるに至ったのか。その背後にある「チョン・スンシン事態」やドラマ『ザ・グローリー』の影響、そして政府の意向を分析する。
- 日本への導入検討: いじめの認知件数が過去最多を更新し続ける日本において、同様の制度を導入すべきか。その場合の法的・教育的課題は何か。
本報告書は、日韓の教育法規、入試要項、統計データ、および現地報道を網羅的に分析し、単なる事実の羅列を超えた「洞察(インサイト)」を提供するものである。
2. 第Ⅰ部:慶北大学校(KNU)のメカニズム解剖
KNUの措置が画期的であったのは、アドミッション・オフィスによる主観的な「総合判断」ではなく、数値化された減点システムによって、いじめ加害者を自動的かつ確実に排除するメカニズムを構築した点にある。
2.1 選抜方式別の不合格者内訳分析
公表されたデータに基づき、不合格者22名の内訳を詳細に分析すると、KNUの「ゼロ・トレランス(不寛容)」姿勢が全方位に及んでいることが判明する。
表1:慶北大学校 2025年度入試 いじめ加害による不合格者内訳
| 選抜区分 | 具体的な選抜枠 | 不合格者数 | 分析・インサイト |
| 随時募集(Susi) | 学生簿教科(学業優秀者)・地域人材・一般学生など | 11名 | 内申点重視の枠。学校生活記録簿の精査により、成績優秀者であっても容赦なく排除された。 |
| 論述選抜(AAT) | 論述(AAT)選考 | 3名 | 通常は論述試験の点数で決まる枠だが、ここでも減点が適用された。 |
| 実技・特技者 | 体育特技者・芸術・パフォーマンス | 4名 | スポーツ界の暴力根絶という近年の韓国社会の要請を反映。運動能力が卓越していても人間性に問題があれば拒絶される。 |
| 農業系 | 農業起業人材選考 | 1名 | 特定分野の人材育成枠においても例外は認められなかった。 |
| 定時募集(Jeongsi) | 一般学生(CSAT中心) | 3名 | 【最重要】 テストの点数のみで判定される伝統的な枠組みにおいて、初めて「人格」による足切りが機能した事例。 |
| 合計 | 22名 |
2.2 「減点」という名の事実上の「排除」:アルゴリズムの残酷なまでの実効性
KNUは表向き「出願資格の剥奪(門前払い)」ではなく、「減点方式」を採用した。しかし、その減点幅は、熾烈な競争においては「即死」を意味するよう設計されている。
韓国の大学入試、特に国公立大学の合否は、1点、あるいは0.1点の差で数百人の順位が入れ替わる世界である。ここにKNUが導入した減点アルゴリズムは、以下のような破壊力を持つ。
- 第1段階(軽微): 10点減点
- 第2段階(中等度): 50点減点
- 第3段階(重度): 150点減点
インサイト: 50点という減点は、学力試験で挽回することが統計的に不可能な数値である。つまり、KNUは「出願は受け付けるが、中等度以上のいじめ履歴がある者は、満点を取っても合格させない」というメッセージを、制度設計の中に埋め込んだのである。これにより、大学側は「一律の受験拒否」による法的な違憲訴訟リスク(学習権の侵害など)を回避しつつ、実質的な排除を達成するという高度な戦術をとったと言える。
2.3 9段階の懲戒レベルと減点幅の相関関係
韓国の「学校暴力予防および対策に関する法律」では、加害者への措置が第1号から第9号まで厳格に規定されている。KNUはこの法的区分をそのまま減点基準に連動させた。
表2:慶北大学校における懲戒レベル別減点措置の詳細
| 懲戒号数 | 措置内容 | KNU減点 | 内容解説と日本との比較 |
| 第1号 | 書面謝罪 | -10点 | 被害者に対する反省文。日本では「指導」レベルだが、韓国では記録に残る。 |
| 第2号 | 接触・脅迫・報復禁止 | -10点 | 接近禁止命令。被害者保護のための措置。 |
| 第3号 | 校内奉仕 | -10点 | 学校内での労務提供。日本の「校則違反へのペナルティ」に近い。 |
| 第4号 | 社会奉仕 | -50点 | 【生死の分岐点】 地域の福祉施設等での奉仕。ここから減点幅が5倍に跳ね上がる。事実上の不合格ライン。 |
| 第5号 | 特別教育履修・心理治療 | -50点 | 専門家による矯正プログラム。加害の根深さが認定されたケース。 |
| 第6号 | 出席停止 | -50点 | 日本の「停学」に相当。登校自体が禁じられる重い処分。 |
| 第7号 | 学級交代 | -50点 | クラス替え。被害者との物理的隔離のための措置。 |
| 第8号 | 転校 | -150点 | 【極刑】 強制的な転校措置。高校生に対する事実上の最高刑。KNUでは150点減点され、合格は100%不可能となる。 |
| 第9号 | 退学処分 | -150点 | 学校からの追放。義務教育(中学)では適用不可だが、高校では適用される。 |
この表から読み取れるKNUの意図は明確である。「第4号(社会奉仕)」以上の処分を受けた学生は、キャンパスに入れないという断固たる意志である。特に、第8号(転校)と第9号(退学)に対する「-150点」は、大学側がこのレベルの加害者を「教育可能な対象」として見ていないことを示唆している。
2.4 「定時募集(CSAT)」への適用が持つ歴史的意味
前述の通り、KNUの措置で最も注目すべきは、定時募集での不合格者3名の存在である。
従来、韓国の入試における定時募集は「敗者復活戦」の側面も持っていた。内申書(学生簿)が悪くても、一発勝負のテスト(スヌン)で高得点を取れば、ソウル大学(SNU)を含む名門校への道が開かれていたからである。しかし、KNUはこの「学力による贖罪」のルートを閉ざした。 これは、「大学は知識を授ける場所である前に、社会の構成員としての適格性を審査する最後の関門である」という、大学の社会的機能の再定義を意味する。市民からの称賛は、この「道徳的ゲートキーパー」としての大学の役割に対する支持の表れである。
3. 第Ⅱ部:なぜ韓国は「厳罰化」に舵を切ったのか? 社会的・政治的背景
KNUの事例は突発的なものではなく、韓国社会に蓄積されたマグマが噴出した結果である。その背景には、一つのスキャンダルと一つのドラマ、そして「公正」を巡る国民的葛藤が存在した。
3.1 決定的なトリガー:2023年「チョン・スンシン」事態の全貌
韓国政府が「いじめ厳罰化」へ大きく舵を切った直接的な原因は、2023年2月に発生した「チョン・スンシン(鄭淳信)事態」である。
- 事案の概要: 検事出身で、警察捜査のトップである「国家捜査本部」の本部長に任命されたチョン・スンシン氏の息子が、高校時代に同級生に対して深刻ないじめ(言語暴力など)を行っていたことが発覚した。
- いじめの内容: 息子は被害者に対し「豚」「アカ(共産主義者)」といった暴言を8ヶ月にわたり浴びせ続け、被害者は自殺未遂に追い込まれた。
- 「法の悪用」による時間稼ぎ: 最も国民の怒りを買ったのは、法律の専門家である父親がとった行動であった。学校側が息子に「第8号(強制転校)」の処分を下した際、父親はこれを不服として再審請求、行政訴訟、執行停止の仮処分申請を立て続けに行った。
- 目的: 裁判を長引かせることで、処分が確定しない「空白期間」を作り出し、その間に息子を名門高校に通い続けさせ、受験勉強を妨げないようにするためであった。
- 結果: 最終的に最高裁で敗訴し転校措置が確定したが、その間に息子は受験を終え、韓国最高峰のソウル大学(SNU)に「定時募集(テスト枠)」で合格していた。
- 入試の欠陥: 当時のソウル大学の規定では、定時募集において校内暴力の記録による減点は存在したものの、最大でわずか「2点」程度であり、優秀な学力を持つ息子にとっては痛くも痒くもないペナルティであった。
この事件は、「親の権力と法的知識があれば、子供の犯罪記録をも無力化し、被害者を踏み台にしてエリートコースを歩める」という、韓国社会の最も醜悪な不平等を露呈させた。国民の怒りは頂点に達し、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は任命を取り消すとともに、教育部に抜本的な対策を命じた。これが、現在の厳罰化の流れの源流である。
3.2 「ザ・グローリー」現象と国民感情の爆発
時を同じくして、Netflixドラマ『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』(2022-2023)が世界的なヒットを記録した。
- 物語の共鳴: 高校時代の凄惨ないじめによって魂を壊された女性が、大人になってから加害者たちに緻密な復讐を遂げる物語は、韓国社会に潜在していた「いじめ加害者への処罰感情」に火をつけた。
- 「ハクポク#MeToo」: ドラマの影響で、芸能人やスポーツ選手に対する過去のいじめ告発(ハクポク#MeToo)が相次いだ。
- 社会的合意: 「いじめは若気の至りではない。一生背負うべき烙印である」という認識が定着し、大学入試での不利益は当然の報いであるという社会的合意(コンセンサス)が形成された。KNUの厳しい措置に対する市民の称賛は、このドラマが醸成した「因果応報」を求める空気感と無縁ではない。
3.3 「公正(コンジョン)」概念の変容と法的・制度的対応
韓国社会において「公正(コンジョン)」は、日本以上に敏感かつ政治的なキーワードである。かつては「家庭環境を問わず、テストの点数だけで評価されること」が公正であった。しかし、チョン・スンシン事態を経て、公正の定義は**「ルールを破った者が利益を得ないこと」「加害者が被害者より成功しないこと」**へと変容した。
この世論を受け、韓国教育部(日本の文科省に相当)は2023年4月、「学校暴力根絶総合対策」を発表した。
- 骨子: 「いじめの記録を入試の全選考に義務的に反映させる」。
- メッセージ: 「いじめを行えば大学に行けない(就職できない)」という恐怖を植え付けることで、抑止力を高める。
3.4 2026年「全国一律義務化」へのロードマップ
KNUの事例は、実は2026年から始まる全国的な義務化の「先行実施」に過ぎない。
- 2025年度(現在): 各大学が「自律的」に反映。KNUを含む一部の大学が先行して厳格な基準を適用。
- 2026年度: すべての大学において、いじめ記録の反映が義務化される。
つまり、今回KNUで起きたことは、来年以降、韓国全土の大学で日常的に起きる風景となる。特に、以下の大学群の対応は極めて厳しい。
- 教育大学(教員養成系): ソウル教育大学、釜山教育大学など10校は、いじめ記録が一つでもあれば、その軽重を問わず**「一発不合格(失格)」**とする方針を打ち出している。
- 論理: 「他人の痛みを理解できない人間に、教壇に立つ資格はない」という職業倫理に基づく排除である。
4. 第Ⅲ部:韓国の制度的基盤と運用の実態
このような厳格な入試ペナルティが可能となる背景には、韓国特有の法制度と行政システムが存在する。日本との比較において決定的に重要なのが、この「インフラ」の違いである。
4.1 「学校暴力対策審議委員会」の構造と権限
韓国では、いじめの認定と処分決定権限が、個々の学校から切り離されている。
- 以前の制度: 学校内に設置された委員会が決定していたが、教師の負担増や「隠蔽」疑惑、親同士のトラブルが絶えなかった。
- 現在の制度: 2020年以降、地域の**「教育支援庁」(日本の教育委員会に相当するが、より権限が強い)に設置された「学校暴力対策審議委員会(審議委)」**に権限が移管された。
インサイト: 処分決定が学校外の「第三者機関(弁護士、警察官、専門家を含む)」によって行われるため、その決定には準司法的な客観性と重みが生じる。これが大学入試という人生を左右する場面で、処分の記録を「証拠」として採用できる根拠となっている。日本の学校内で完結する「指導」とは、法的な重みが決定的に異なるのである。
4.2 記録保存期間の延長(最大4年)と「N浪」封じ
2023年4月の対策におけるもう一つの柱が、学校生活記録簿(学生簿)におけるいじめ記録の保存期間延長である。
- 変更前: 卒業後2年で削除(重い処分の場合)。
- 変更後: 卒業後4年まで保存(第6号、7号、8号の場合)。
狙い(N浪封じ): 韓国には「N修生(浪人生)」が多く、医学部などを目指して3浪、4浪する学生も珍しくない。従来の「2年保存」では、いじめ加害者が「2年間浪人して記録が消えるのを待ち、その後に大学を受験する」という「記録洗浄(ロンダリング)」が可能であった。保存期間を4年に延長したことで、通常の浪人期間中はずっと「いじめの烙印」が消えない仕組みとした。これは、金銭的余裕があり浪人可能な富裕層の加害者に対する「抜け道封じ」の意味合いが強い。
4.3 被害者同意権の強化と法的紛争の激化
記録の削除要件も厳格化された。卒業直前に審議を経て記録を削除する特例措置があるが、これには**「被害者の同意」**が必須要件として加えられた。
- 効果: 加害者は進学のために必死で被害者に謝罪し、和解を懇願しなければならなくなる。被害者が許さなければ、記録は残り、大学に行けない。被害者に強力な交渉カード(バーゲニング・パワー)を与える仕組みである。
- 副作用: 逆に言えば、和解できなければ終わりであるため、加害者側が弁護士を雇い、処分の取り消しを求めて徹底的に争う傾向が強まっている。「いじめ専門弁護士」市場が活況を呈しており、訴訟合戦による「教育の司法化」が深刻な問題となっている。
4.4 教育大学(教員養成課程)における「ゼロ・トレランス」
前述の通り、教育大学における対応はKNU以上に苛烈である。これは「潜在的カリキュラム」としての教師の人格を重視するためである。 ソウル教育大学など主要な教育大学は、2026年度から「いじめ履歴がある者は、点数に関係なく不合格」とする方針を決定している。これは、いじめ加害者が教師になり、再び学校現場に戻るというサイクルを断つための「防疫線」としての役割を果たしている。
5. 第Ⅳ部:日本における現状と制度的障壁
ここで視点を日本に移し、同様の制度が導入可能かを検討するための現状分析を行う。日本もいじめ問題は深刻(2022年度の認知件数は約68万件、重大事態は923件で過去最多)であるが、韓国のような入試ペナルティは導入されていない。
5.1 日本のいじめ対応:「指導」と「懲戒」の曖昧な境界
日本の学校教育法第11条は「体罰」を禁じているが、「懲戒」は認めている。しかし、実務上、いじめに対する対応は「懲戒処分」としてではなく、教育的な「指導」として行われることが圧倒的に多い。
- 出席停止: 日本にも制度はあるが、要件が厳しく、適用件数は極めて少ない。「他の生徒の学習権を守るため」の措置であり、韓国のような「加害者へのペナルティ」としての性格は薄い。
- 強制転校: 公立小中学校において、学校側が強制的に生徒を転校させる法的権限は事実上ない(指定校変更には保護者の同意や複雑な手続きが必要)。
- 韓国との相違: 韓国の「第1号~第9号」のような、全国一律で法的に定義された処分のヒエラルキーが存在しないため、大学側が「どのレベルのいじめなら何点減点するか」という基準を作ることが困難である。
5.2 「調査書」の構造的限界:性善説と「言わぬが花」の文化
日本の大学入試における「調査書(内申書)」は、韓国の「学校生活記録簿」とは性格が異なる。
- 性善説(いいとこ探し): 日本の教員文化には、生徒の将来を閉ざさないために、調査書には長所のみを記載し、マイナス情報は極力書かないという暗黙のルール(いいとこ探し)がある。
- 「指導上参考となる諸事項」: 調査書には「指導上参考となる諸事項」という欄があり、理論上はいじめの事実を書くことも可能である。しかし、ここにネガティブな情報を書くことは「生徒の進路妨害」と受け取られかねず、保護者からのクレームや訴訟を恐れて空欄、あるいは当たり障りのない記述に終始することが一般的である。
- 文科省の方針(2025年改革): 文科省は2025年度入試に向けて調査書様式を変更し、「探究学習」などの記述を充実させる方針だが、いじめ加害記録をネガティブチェックとして活用する方針は打ち出していない。
5.3 大学入試における「素行」評価の現状と限界
日本の大学入試でも、総合型選抜(旧AO入試)や学校推薦型選抜では「人物評価」が行われる。しかし、その実態は以下の通りである。
- 一般選抜(学力試験): ほぼ100%、当日の試験の点数のみで決まる。調査書は提出されるが、合否判定の減点材料として使われることは稀である(欠席日数が極端に多い場合を除く)。
- 推薦・総合型: 面接などで「素行」が見られるが、明確に「いじめ歴があるから不合格」と公表して落とすケースは少ない。あくまで「総合的な判断」として処理され、ブラックボックス化している。
5.4 法的リスクと教員の防衛本能
もし日本の高校教師が調査書に「いじめ加害者」と記載し、その結果生徒が大学に落ちた場合、どうなるか。 日本では「名誉毀損」や「プライバシー侵害」、「学習権の侵害」として、保護者が学校や教師個人を訴えるリスクが非常に高い。韓国のように「対策審議委員会」という盾がないため、教師は個人の判断でそのリスクを背負わなければならない。この構造的欠陥がある限り、現場の教師が正確な加害記録を残すことは期待できない。
6. 第Ⅴ部:比較制度分析与と導入の是非
以上の分析に基づき、日本においてKNUのような制度を導入すべきか、また導入可能かについて検討する。
6.1 日韓の「公平性」概念の相克
- 韓国(応報的公正): 「やったことの報いを受けるのが公正」。被害者が苦しんでいるのに加害者が成功するのは不公正。入試は社会的正義を実現するツールである。
- 日本(更生的平等): 「やり直すチャンスを与えるのが教育」。未成年の過ちで一生を棒に振らせるのは過酷(酷である)。入試はあくまで学習到達度の測定であり、司法的な処罰の場ではない。
この価値観の乖離が、制度導入の最大の壁となる。
6.2 日本導入におけるメリット(抑止力と正義)
- 強力な抑止力: 「いじめをすると大学に行けない」という明確な損得勘定が働けば、現在のような「やったもん勝ち」の状況に一定の歯止めがかかる可能性がある。特に、進学校における陰湿ないじめに対しては効果が高い。
- 被害者の救済感: 「学校は何もしてくれない」という被害者の絶望に対し、社会が「許さない」というメッセージを送ることは、被害者の心理的回復に寄与する。
- 大学の質の担保: KNUが主張するように、いじめは「社会的信頼の毀損」である。大学、特に教育学部や医学部において、倫理的に問題のある学生を排除する正当性はある。
6.3 日本導入におけるデメリット(訴訟リスクと教育的配慮)
- 現場の混乱と萎縮: 明確な認定機関がないまま導入すれば、教師は保護者からの圧力でいじめを「なかったこと」にする(隠蔽する)インセンティブがさらに高まる可能性がある。「書けば生徒の人生が終わる」と思えば、教師は書かないことを選ぶだろう。
- 更生機会の喪失: 少年法の精神とも関連するが、14〜15歳の未熟な段階での行為によって、その後の人生の選択肢を完全に奪うことは、教育機関の役割放棄という批判を免れない。
- 富裕層の逃げ道: 海外留学やインターナショナルスクールなど、日本の「調査書」システムに依存しないルートを持つ富裕層だけがペナルティを回避し、格差が固定化する恐れがある。
6.4 具体的導入シミュレーションと提言
日本でKNUモデルをそのまま導入することは、法制度の違いから不可能に近い。しかし、いじめ問題の深刻化に鑑み、**「日本版修正モデル」**の導入は検討に値する。
【提言1】「重大事態」に限定した記録の義務化
些細なトラブルまで記録する必要はないが、いじめ防止対策推進法で定義される**「重大事態(生命・心身への重大な被害、長期の不登校)」**認定案件については、調査書への記載を法的に義務付ける。これにより、教師の裁量ではなく「法の要請」として記載することで、教師を訴訟リスクから守る。
【提言2】特定学部での重点活用
全学部一律ではなく、教育学部(教員養成)、医学部(生命に関わる)、警察・消防関連学科など、高い倫理観が求められる分野の入試において、上記「重大事態」の記録がある受験者を不適格とする、あるいは厳格な面接を課す権限を大学に与える。
【提言3】「条件付き削除」による更生の促進
韓国の「被害者同意による削除」システムを参考に、真摯な謝罪と更生が認められ、被害者が納得した場合に限り、記録を入試に反映させない仕組みを作る。これにより、加害者に「逃げ得」を許さず、かつ「修復的司法」の機会を与える。
7. 結論:学力と人格の統合的評価へ向けて
慶北大学校の22人の不合格事例は、単なる一大学の入試スキャンダルではなく、韓国社会が「能力主義の限界」を悟り、「人格と倫理」を入試の必須パラメーターとして組み込んだ歴史的転換点である。彼らは「勉強ができれば何をしてもいい」という時代の終わりを高らかに宣言した。
日本がこの「KNUモデル」から学ぶべきは、厳罰そのものではなく、「いじめ加害には相応の社会的コストが伴う」という明確なメッセージを、教育システムの中に埋め込む覚悟である。
現状の日本の「性善説」に基づいた入試システムは、結果として被害者の痛みを黙殺し、加害者を無傷で社会に送り出している側面がある。この不正義を是正するために、少なくとも「重大ないじめ」に関しては、大学入試のプロセスにおいて透明性を持って扱われるべき時期に来ていると言えるだろう。公正な社会とは、弱者を踏みつけた者が、その足で階段を駆け上がることを許さない社会であるはずだ。
参考文献・出典: Korea JoongAng Daily, “Universities now factoring school violence in admissions decisions” The Chosun Daily, “Kyungpook National University Rejects 22 Applicants Over School Violence History” The Asia Business Daily, “No School Violence Offenders Allowed” Maeil Business Newspaper, “Kyungpook National University rejected 22 applicants” The Times of India, “South Korean universities introduce new admission rule” The Korea Herald, “School violence records to be reflected in college admissions” The Chosun Daily, “School violence rises despite college admission policy changes” Ministry of Education (Korea), “School Violence Prevention and Countermeasures Act” Ministry of Education (Korea), “School violence records to be preserved up to 4 years” Korean Law Information Center, “Enforcement Decree of the Act on Prevention of School Violence” The Straits Times, “Record number of Japanese students skipped school in 2022” …他多数 koreajoongangdaily.joins.comUniversities now factoring school violence in admissions decisions新しいウィンドウで開くchosun.comKyungpook National University Rejects 22 Applicants Over School Violence History新しいウィンドウで開くmk.co.krKyungpook National University rejected 22 applicants who were disciplined for school violence in the.. – MK新しいウィンドウで開くafpbb.com「いじめ加害歴で不合格」…厳格な基準打ち出した韓国・慶北大に称賛の声 – AFPBB News新しいウィンドウで開くcm.asiae.co.kr”No School Violence Offenders Allowed”… Kyungpook National University Disqualifies 22 Applicants with School Violence History – 아시아경제新しいウィンドウで開くkoreajoongangdaily.joins.com298 students denied university admission last year due to school bullying records: Data新しいウィンドウで開くtimesofindia.indiatimes.comBullying records! South Korean universities introduce new admission rule; rejects offending applicants – The Times of India新しいウィンドウで開くkoreaherald.comDozens of university applicants rejected for school violence records ― and this gets warm welcome – The Korea Herald新しいウィンドウで開くkcampus.kr45 students rejected from top universities due to bullying records | K …新しいウィンドウで開くkoreantopik.comWhen Grades Aren’t Enough: Korean Universities Reject 45 Applicants for Past Bullying新しいウィンドウで開くchosun.comSchool violence rises despite college admission policy changes新しいウィンドウで開くkoreaherald.comS. Korea confirms strengthened policy against school bullying – The Korea Herald新しいウィンドウで開くstraitstimes.comBullies need not apply: South Korean university applicants rejected for school violence records | The Straits Times新しいウィンドウで開くelaw.klri.re.kract on the prevention of and countermeasures against violence in schools – Statutes of the Republic of Korea新しいウィンドウで開くe.vnexpress.netNo bully zone: South Korean universities rejects applicants with history of school violence新しいウィンドウで開くelaw.klri.re.krenforcement decree of the act on the prevention of and countermeasures against violence in schools新しいウィンドウで開くenglish.moe.go.krSchool violence records to be preserved up to 4 years, and reflected …新しいウィンドウで開くmk.co.krStarting this year, records of serious school violence will be recorded in the school life record bo.. – MK新しいウィンドウで開くstraitstimes.comRecord number of Japanese students skipped school in 2022, bullying cases at new high: Survey | The Straits Times新しいウィンドウで開くpref.iwate.jp再発防止「岩手モデル」新しいウィンドウで開くuniv-journal.jp調査書の様式が再び変わる 令和7年度(2025年)度入試での様式変更内容は?新しいウィンドウで開くsg-school.com大学受験に必要な『調査書』とは?書かれている内容は合否に影響するのか | SG予備学院新しいウィンドウで開くshingakunet.com「調査書」とは?大学受験への影響度、2025年度入試からの変更点 …新しいウィンドウで開くr-ac.jp通信制高校の面接対策を徹底解説!よく聞かれる質問や受け答えのポイントを紹介新しいウィンドウで開くnennai-nyushi-navi.jp総合型選抜で合格取り消しの可能性はある?事例や入学までの過ごし方を詳しく解説新しいウィンドウで開くnagashima.com(中)「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(令和6年8月改訂)(文部科学省)の概要及び改訂のポイント | 公益活動 | 長島・大野・常松法律事務所新しいウィンドウで開くevoice.ewha.ac.krUniversities begin mandatory review of school violence records in admissions – Ewha Voice


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