SNS誹謗中傷と発信者情報開示請求:法的要件、実務プロセス、費用、リスクに関する包括的専門レポート

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本レポートは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上での誹謗中傷に関連する「発信者情報開示請求」について、専門的な法的見地から詳細に解説するものである。本請求は、匿名化されたインターネット空間において被害者の権利を救済するための重要な法的手段であるが、その実務的な運用は複雑である。

本稿では、発信者情報開示が認められる法的な判断基準、開示対象となる具体的な言説の類型、請求が成功するパターンと失敗するパターンの分析、開示請求から損害賠償に至るまでの具体的な法的手続の全フロー、必要となる弁護士費用の相場、そして被害者が加害者に対して法的措置を告知する際の法的リスク(脅迫罪の成否)について、関連法規と実務上の知見に基づき、網羅的に分析・報告する。

発信者情報開示請求の法的基盤:プロバイダ責任制限法

発信者情報開示請求は、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(通称「プロバイダ責任制限法」または「プロ責法」)に基づいている。この制度の法的基盤を理解することは、手続の全体像を把握する上で不可欠である。

制度の核心的「目的」

発信者情報開示制度の主たる目的は、加害者を社会的に罰することや制裁を加えることではなく、匿名で権利侵害を行った発信者に対し、被害者が損害賠償請求などの司法的救済を求める権利、すなわち「裁判を受ける権利」を実質的に保障することにある 。   

発信者の匿名性は、インターネット上での自由な表現活動を支える重要な基盤である。しかし、その匿名性が他者の権利を不当に侵害する「武器」として悪用された場合、被害者は加害者を特定できず、泣き寝入りを強いられることになる。本制度は、この問題を解決するために設けられたものである。

開示が認められるための3つの実体的要件

プロ責法第4条は、発信者情報の開示が認められるための厳格な要件を定めている。被害者(請求者)は、以下の3つの実体的要件をすべて満たしていることを法的に主張・立証する必要がある。

  1. 情報の流通による権利侵害 : SNS上の投稿(情報)の流通によって、請求者の権利(例:名誉権、プライバシー権、著作権など)が侵害されたこと。   
  2. 権利侵害の明白性(「明白性」要件) : 請求者の権利が侵害されたことが「明らか」であること。これが本制度における最も重要かつ困難な要件である(後述)。   
  3. 開示を受けるべき正当な理由 : 発信者情報を開示してもらう「正当な理由」があること。実務上、これは主に「開示された情報を用いて、発信者に対し損害賠償請求(慰謝料請求)を行うため」 、「謝罪を求めるため」といった、被害者の権利回復の目的で利用されることを指す。   

最重要要件:「権利侵害の明白性」の深層

3つの要件のうち、実務上最も争点となるのが「権利侵害の明白性」である 。これは、発信者の「表現の自由」や「プライバシー」(通信の秘密を含む)といった憲法上の重要な権利と、被害者の「権利回復の必要性」という、相反する利益を調整するための核心的な要件である 。   

発信者の氏名や住所といった個人情報は、一度開示されてしまえば現状回復が不可能な、極めて機密性の高い情報である 。もし、権利侵害が「明白」ではない曖昧な段階で安易に情報開示が認められれば、発信者のプライバシー権や、匿名での表現の自由が不当に害される危険性がある 。   

このため、裁判所やプロバイダは「明白性」の要件を厳格に解釈する。これは、請求者が単に「不快だ」と感じるだけでは不十分であり、その投稿が客観的かつ法的に見て「違法な権利侵害である」ことを、裁判手続(またはプロバイダに対する交渉)の段階で、明確に証明しなければならないことを意味する。

実質的に、この「明白性」要件は、被害者が加害者を特定した後に起こす本案訴訟(損害賠償請求訴訟)を待たずして、開示請求の段階で「その投稿が違法である」ことについての予備的な司法判断を求めるに等しい。発信者情報開示請求とは、単に「名前を尋ねる」手続ではなく、「名前を尋ねるに値する明白な違法性がある」ことを裁判所に説得する、高度な法的プロセスなのである。

この構造はまた、X(旧Twitter)のようなコンテンツプロバイダや、NTTのようなアクセスプロバイダ(経由プロバイダ)の立場にも影響を与える。彼らは被害者の味方ではなく、法的に中立な(あるいはリスク回避的な)「ゲートキーパー」としての役割を法から課されている。もしプロバイダが不当に情報を開示すれば発信者からプライバシー侵害で訴えられ、逆に正当な理由なく開示を拒否すれば被害者から訴えられる(開示請求手続)という、二重の法的リスクに晒されている。

したがって、プロバイダが任意での開示に慎重になり、裁判所の明確な命令を求めるのは、この法的構造上、極めて合理的な行動であると言える。

判断基準:開示が認められる「言葉」と「権利侵害」の類型

「どういう言葉が該当するのか」という疑問は、開示請求を検討する上で根幹となる。法的に「権利侵害の明白性」が認められやすい投稿には、主に以下の類型が存在する。

類型1:名誉毀損(Meiyo Kison) – 「事実の摘示」

これは、発信者情報開示請求において最も多く主張される権利侵害である。

  • 定義:公然と「事実」を摘示し、人の社会的評価を低下させる行為 。   
  • ポイント:ここでいう「事実」とは、その内容が真実(本当)か虚偽(嘘)かを問わない 。例えば、「Aは前科持ちだ」という投稿が真実であったとしても、それを公に暴露することはAの社会的評価を低下させるため、名誉毀損は成立し得る(ただし、後述する「公共性」などにより違法性が阻却される場合がある)。   
  • 該当する具体例
    • 「〇〇社のAさんは不倫をしている」
    • 「俳優の〇〇さんは暴力団と関わりがある」
    • 「〇〇社のBさんは犯罪者一家である」
    • 「〇〇病院の院長は医療ミスを隠蔽している」(真偽を問わず、具体的な事実を指摘している)

類型2:侮辱(Bujoku) – 「事実の摘示を伴わない」

名誉毀損と混同されやすいが、法的には明確に区別される。

  • 定義:事実を摘示せず、抽象的な表現や暴言を用いて他者を軽蔑し、その社会的評価(判例上は「名誉感情」も含むとされる)を害する行為。
  • ポイント:名誉毀損との最大の違いは、「事実の摘示」がない点である 。   
  • 該当する具体例
    • 「〇〇社のAさんは頭が悪い」
    • 「Bさんは仕事ができない不要な人材」
    • 「インフルエンサーのC氏は金儲けのことしか考えていないクズ」
    • 単に「ブス」「キモイ」「死ね」「ゴミ」といった、具体的な根拠のない暴言の連投。

この「名誉毀損」と「侮辱」の区別は、単なる学術的な分類ではなく、開示請求の戦略を決定する上で最も重要な分岐点となる。なぜなら、発信者側(加害者側)が取り得る「反論」が全く異なるからである。

名誉毀損(類型1)で訴えられた場合、発信者は「その投稿は真実であり、かつ公共の利益のためだった」(後述)と反論する可能性がある 。しかし、侮辱(類型2)で訴えられた場合、「クズというのは真実だ」といった反論は法的に意味をなさず、発信者側が反論できる余地は極めて小さくなる。したがって、投稿内容がどちらの類型に該当するか(あるいは両方に該当するか)を見極め、どの権利侵害を主張して開示請求を組み立てるかは、弁護士による高度な戦略的判断を要する。   

なお、2022年の刑法改正により「侮辱罪」が厳罰化された 。これは刑事罰の変更であり、民事の開示請求に直接適用されるものではない。しかし、立法府と社会が「侮辱行為」を従来よりも重大な違法行為であると判断したという事実は、民事裁判において「権利侵害の明白性」を判断する裁判官の心証にも影響を与え、従来は「表現の自由の範囲内」とされたかもしれない borderline な侮辱的表現についても、開示を認める方向への追い風となる可能性がある。   

類型3:プライバシー侵害

個人の私的な情報を本人の許可なく暴露する行為も、開示請求の対象となる。

  • 定義:一般に公開を望まない私生活上の事実や情報(例:住所、電話番号、病歴、家族構成、前科など)を、本人の許可なく公に晒す行為 。   
  • 該当する具体例
    • 「ハンドルネームAの正体は、〇〇市在住の(本名)だ」
    • 「Bさんは〇〇という(一般に知られていない)病気で〇〇病院に通院している」
    • 個人の顔写真の無断掲載(肖像権侵害と重なる) 。   

その他の類型

上記以外にも、以下のような権利侵害が「明白」であれば、開示請求は認められる 。   

  • 脅迫:「殺害予告」  や「家族に危害を加える」といった具体的な害悪の告知 。   
  • 著作権・肖像権侵害:本、漫画、写真、イラストなどの著作物や、本人の顔写真を無断でSNSに転載する行為 。   

開示請求が「通らない」パターン:棄却理由の徹底分析

「開示請求をした場合に通る場合通らない場合がある」との疑問は、法的措置を検討する上で最も現実的かつ重要な論点である。開示請求が失敗する(裁判所によって棄却される、またはプロバイダに拒否される)理由は、「法的な理由」と「技術的・手続的な理由」に大別される。

A. 法的棄却理由:「権利侵害が明白」と認められないケース

請求者の主張が、法律上の保護の要件を満たさないと判断された場合である。

1. 「意見・論評」の範疇と判断された場合

  • 解説:摘示された内容が「事実」ではなく、単なる個人の「感想」や「意見・論評」であると判断された場合、それは表現の自由として手厚く保護されるべきであり、権利侵害にはあたらないとされる 。   
  • 具体例:「ここのラーメンは不味いから行かない方がいい」という口コミ投稿 。これは投稿者の主観的な感想(意見)であり、店の社会的評価を法的に低下させる「事実の摘示」とはみなされにくい。   
  • 境界線:ただし、「意見・論評」であっても、その前提となる事実に誤りがあったり、表現が「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したもの」  であったりする場合(例:「不味い」のレベルを超えて「店主は詐欺師だ」「毒を入れている」など)は、違法となり開示の対象となる。   

2. 公共性・公益性が認められた場合(違法性阻却)

  • 解説:たとえ名誉毀損に該当する「事実」を摘示し、相手の社会的評価を低下させたとしても、その行為が一定の要件を満たす場合は「違法ではない」と判断される(これを「違法性阻却」という)。
  • 要件:判例上、①その投稿内容が「公共の利害」に関するものであり(公共性)、②その投稿が専ら「公益を図る」目的で行われ(公益目的)、③摘示した「事実が真実である」と証明された(または真実と信じる相当の理由があった)場合、違法性は阻却される 。   
  • 具体例:「政治家〇〇は過去に交通違反の罰金を支払った」という記事 。政治家の資質は「公共の利害」に関わるため、もしこれが真実であれば、開示が認められない可能性が高い。   
  • 企業口コミの例:転職サイトに「あの会社はサービス残業を強要している」と書き込まれた事案 。企業の労働環境は、求職者一般にとって「公共の利害」に関わる情報であるため、「公共性」と「公益目的」は広く認められやすい 。この場合、開示を求める企業側(被害者側)が、「その投稿内容は真実ではない」(例:タイムカードや給与明細を証拠として提出する)ことを積極的に証明しない限り、「権利侵害が明白」とは認められず、請求が棄却されるリスクがある 。   

この「公共性」の論点は、被害者の社会的地位によって、開示請求の難易度が変わる「スライディング・スケール(変動基準)」が存在することを示唆している。

  1. 公人(政治家など):最も保護が弱く、厳しい批判にも耐えることが求められる。「公共の利害」が極めて広く認められるため、開示請求のハードルは非常に高い 。   
  2. 企業・事業者:公人と私人の間に位置する。その事業内容(例:製品の安全性、労働環境)に関する批判は「公共の利害」に関わるとされやすく、一定の批判は甘受すべきとされる 。   
  3. 純粋な私人:最も手厚く保護される。私人の私生活(例:不倫など)は、原則として「公共の利害」に関わらないため、この反論が認められる余地はほとんどない。 したがって、開示請求を検討する際は、まず「自分自身がどの立場にあるか」を客観的に分析する必要がある。

3. 「同定可能性」の欠如

  • 解説:その投稿が、インターネット上の不特定多数の閲覧者から見て、現実世界の「特定の被害者(請求者)」を指していることが客観的に明らかでなければ、その「被害者」の権利が侵害されたとは言えない 。   
  • 具体例:「(ホストの源氏名)は女の子を騙している」という投稿 。その源氏名が、現実の「あなた」の戸籍上の氏名や広く知られた芸名、あるいは顔写真などと強固に結びついていると一般人が認識できなければ、「同定可能性」が欠如しているとして請求が棄却される。   

4. 請求者に「正当な理由」がない場合

  • 解説:前述の通り、本制度の目的は「損害賠償請求」などの正当な権利回復である 。この目的から逸脱し、単なる報復、嫌がらせ、または「私的制裁(晒し上げ)」が目的であると裁判所が判断した場合、「開示を受けるべき正当な理由」がないとして請求は棄却される 。   
  • 棄却された判例:被害者(請求者)が、自身のブログにおいて「開示請求で相手を特定したら、そいつの情報を調べ上げてネットに晒し者にしてやる」という趣旨を公言していた事案 。裁判所はこれを「発信者の生活を脅かす可能性」がある不当な目的であると認定し、請求を棄却した 。   
  • 被害者にとっての「罠」:この判例は、精神的苦痛を受け、怒りに燃える被害者にとって、極めて重要な「罠」の存在を示している。被害者が開示請求の過程やその前後で、感情に任せて「あいつを特定して社会的制裁を加えてやる」といった発言をSNSなど公の場で行うと、それが「不当な目的」の証拠として発信者側(加害者側)の弁護士に利用され、開示請求そのものが失敗に終わるという最悪の事態を招きかねない。

B. 技術的・手続的失敗パターン

法的には100%開示が認められるような悪質な投稿であっても、技術的・手続的な問題で失敗することがある。実務上、法的理由による失敗よりも、こちらの方が深刻かつ致命的であるケースが多い。

1. ログ(発信者情報)の保存期間の徒過【最重要】

  • 解説:これが、開示請求における最大の、そして最も冷徹な「敵」である。SNS運営者(コンテンツプロバイダ)が保有するIPアドレスや、通信事業者(アクセスプロバイダ)が保有する契約者情報(氏名・住所)のログには、保存期間がある 。特に、発信者の特定に不可欠なIPアドレスのログは、携帯キャリア(ドコモ、au、ソフトバンクなど)の場合、一般的に3ヶ月から長くても6ヶ月程度で自動的に消去されてしまう。   
  • 結果:誹謗中傷の投稿から時間が経過しすぎると、たとえそれが明白な殺害予告であったとしても、特定に必要なログが物理的に存在しなくなる。証拠が「消滅」するため、開示請求は手続的に不可能となる 。この「時間との戦い」こそが、本手続の性質を最もよく表している。法的な「権利侵害の明白性」を熟考すること以上に、「ログが消える前に法的措置を開始できるか」という「速度」が、請求の成否を分ける最大の鍵となる。   

2. 証拠の不足

  • 解説:問題の投稿が発信者自身やSNS運営者によって削除されてしまい、その投稿が「存在したこと」や「内容」を証明できなくなるケース 。   
  • 対策:誹謗中傷の投稿を発見したら、何よりもまず、その投稿が掲載されている「URL」と、「投稿内容」「投稿日時」が明確にわかる形でスクリーンショットを撮影し、証拠を保全することが不可欠である 。証拠さえあれば、投稿が削除された後でも請求は可能である。   

3. 発信者の特定が困難なケース

  • 解説:発信者が、身元を隠すために特殊な通信手段を使用した場合、特定が極めて困難になる 。   
  • 具体例
    • 公共のフリーWi-Fi(カフェ、駅、コンビニなど)
    • 海外のVPN(Virtual Private Network)サービス
    • ネットカフェ(本人確認が不十分な店舗)
    • 家族や同僚と共用のPC(IPアドレスから特定できても、そのPCを使った「誰」が書き込んだかまで特定できない)

開示請求から損害賠償までの全プロセスと新制度

「開示請求から倍賞(賠償)までの流れ」を、2022年10月に施行された改正プロ責法による新制度を含めて、ステップバイステップで解説する。

ステップ0:証拠保全

被害に気づいた時点で、弁護士に相談するよりも先に、まず被害者自身が即座に行うべき最重要作業である。

  • 必須項目
    1. 投稿内容のスクリーンショット:投稿日時、投稿者名(アカウント名)、具体的な投稿内容が一覧できる画像。
    2. 投稿のURL:ブラウザのアドレスバーに表示される文字列、またはSNSアプリの「共有」機能などで取得できる当該投稿固有のURL。
  • 注意点:投稿が削除されても、この証拠さえあれば手続は進められる 。逆に、証拠がない状態では、いかなる法的措置も困難となる。   

ステップ1:【旧制度】従来の手続(2段階の裁判)

2022年の改正法施行前は、非常に煩雑で時間のかかる2段階の裁判手続が必要であった 。   

  1. サイト運営者(例:X社)に対する仮処分: まず、X社などを相手取り、裁判所に「発信者情報開示仮処分命令」を申し立てる。ここで開示を求めるのは「氏名・住所」ではなく、その投稿が行われた際の「IPアドレス」と「タイムスタンプ」である 。   
  2. 経由プロバイダ(例:NTT)の特定と訴訟: 上記1で得たIPアドレスから、通信事業者(経由プロバイダ。例:NTT、KDDIなど)を特定する。次に、そのプロバイダを相手取り、「発信者情報開示請求訴訟」(これは「仮処分」ではなく「本訴訟」)を提起し、契約者(発信者)の「氏名・住所」の開示を求める 。   
  • 旧制度の問題点
    • 裁判手続が2回必要であり、時間と費用(弁護士費用)が二重にかかる。
    • 手続が遅れ、上記1でIPアドレスを取得し、上記2の訴訟を提起するまでの間に、プロバイダ側のログ保存期間(3~6ヶ月)が過ぎてしまい、ログが消去されるリスクが非常に高かった 。   

ステップ2:【新制度】2022年改正プロ責法による「発信者情報開示命令」

上記(ステップ1)の旧制度の問題点、特に「時間との戦い」に敗北するケースが多発したことを受け、2022年10月1日、新たに「発信者情報開示命令」という非訟手続(従来の訴訟よりも簡易・迅速な裁判手続)が導入された 。   

  • 特徴1:手続の一体化: 裁判所が、サイト運営者(例:X社)への請求と、経由プロバイダ(例:NTT)への請求を、一つの手続で一体的に審理できるようになった 。これにより、手続の大幅な迅速化が期待できる。   
  • 特徴2:「提供命令」と「消去禁止命令」: この新制度は、被害者にとって2つの強力な武器を導入した 。
    1. 提供命令:裁判所がサイト運営者(X社)に対し、経由プロバイダ(NTT)の情報を被害者側に提供するよう命じることができる。
    2. 消去禁止命令:これが最も画期的であり、裁判所が経由プロバイダ(NTT)に対し、「発信者のログを消去するな」という保全命令を出せるようになった 。   
  • 新制度の意義: この「消去禁止命令」は、前述した「ログ保存期間(3~6ヶ月)の徒過」  という、旧制度における最大の失敗パターンを立法的に解決するために導入されたものである。これにより、被害者は、権利侵害の明白性をじっくりと審理している間にログが消えてしまうという「レース」に負けるリスクを、劇的に減らすことが可能となった。現在、この分野に精通した弁護士であれば、原則としてこの迅速な新制度の活用を検討する。   

ステップ3:発信者への「意見照会」プロセス

裁判手続(または任意交渉)の途中、プロバイダが発信者の氏名・住所を開示する直前には、法に基づき、発信者(加害者)本人への「意見照会」が行われる 。   

  • 内容:プロバイダから発信者に対し、「あなたの発信したこの投稿について、開示請求が来ています。あなたの氏名・住所を開示することに同意しますか? しませんか?」という内容の書面(またはメール)が送付される 。   
  • 回答期間:ガイドラインでは、発信者の回答期間の目安は「二週間」とされている 。   
  • 発信者が「不同意」と回答した場合: 被害者は「加害者が『不同意』と回答したら、すべてが無駄になるのではないか」と不安になるかもしれない。しかし、その心配は無用である。 発信者の回答は、あくまで「意見」として扱われる。たとえ発信者が「開示に同意しない」と強く回答したとしても、あるいは回答を無視したとしても、裁判所(またはプロバイダ)が法的な開示要件(権利侵害の明白性など)を満たしていると最終的に判断すれば、発信者の意向に関わらず、開示は実行される 。このプロセスは、発信者の「拒否権(Veto)」ではなく、反論の機会を与えるための「適正手続(Due Process)」の保障に過ぎない。   

ステップ4:発信者特定後の法的措置

ステップ2(または1)および3を経て、加害者の氏名・住所が判明した場合、被害者が取れる主な法的措置は2つある。

  1. 民事:損害賠償請求(慰謝料請求)  開示された情報に基づき、弁護士名で加害者に対し内容証明郵便を送付し、示談交渉(慰謝料の支払い、謝罪文の掲載、再発防止の誓約など)を開始するのが一般的である。加害者が交渉に応じない、または金額が折り合わない場合は、損害賠償請求訴訟を提起する。   
  2. 刑事:刑事告訴  名誉毀損罪、侮辱罪、脅迫罪などとして、警察(捜査機関)に対し「告訴状」を提出し、加害者の刑事処罰を求めることができる。   

重要:手続のタイムリミット(時効)

開示請求には、前述の「ログ保存期間」という技術的時効とは別に、法律上の「時効」も存在する 。   

  • 民事(損害賠償請求権): 「損害及び加害者を知った時」から3年間 。つまり、発信者情報開示請求によって加害者の氏名・住所が判明した時点から、時効のカウントダウンが開始される。   
  • 刑事(告訴期間): 名誉毀損罪や侮辱罪は「親告罪」であり、被害者による告訴がなければ起訴できない。この告訴期間は、「犯人を知った日」から6ヶ月間である 。   

繰り返すが、これら3年や6ヶ月といった「法律上の時効」よりも、プロバイダの「ログ保存期間(3~6ヶ月)」  の方が圧倒的に短く、手続上の最大の障害となる。   

弁護士費用の相場:請求から賠償までの総額

「1件当たりの相場は?」という疑問は、被害者が法的措置に踏み出すか否かを決定する上で、最も現実的かつ重要な問題である。費用は「フェーズ1:発信者の特定」と「フェーズ2:特定後の損害賠償請求」の2段階で発生する。

フェーズ1:発信者情報開示請求(加害者の特定)にかかる費用

加害者の氏名・住所を特定する「まで」の費用である。

  • 着手金(弁護士への初期費用)
    • 任意交渉(裁判外):5万円~10万円程度    
    • 裁判手続(仮処分・開示命令):20万円~50万円程度 。都市部では30万円~50万円が相場との指摘もある 。   
  • 報酬金(特定に成功した場合の成功報酬)
    • 任意交渉(裁判外):10万円~20万円程度    
    • 裁判手続:15万円~30万円程度    
  • 実費(弁護士費用とは別に必ず発生)
    • 仮処分担保金:裁判所を利用する際、裁判所に納付する保証金(担保)。約10万円~30万円 。これは、万が一開示請求が不当であった場合に相手方が被る損害を担保するもので、手続が適法に終了すれば、後で(通常は)全額返還される。しかし、手続開始時に一時的に全額を立て替える必要がある。   
    • その他:裁判所の印紙代、郵便切手代など数万円 。   

フェーズ1の総額目安: 弁護士費用(着手金+報酬金)で約40万円~80万円程度、これに実費、特に高額な「担保金」(10万円~30万円)を加えると、加害者を特定するフェーズ1だけで、一時的に100万円近い資金が必要となるケースも珍しくない 。   

フェーズ2:損害賠償請求(特定後)にかかる費用

特定した加害者に対し、慰謝料などを請求するフェーズの費用である。

  • 着手金:約10万円~30万円程度 。 (フェーズ1から継続して同じ弁護士に依頼する場合、着手金が減額または無料となる事務所も多い)   
  • 報酬金:示談または訴訟で獲得した経済的利益(慰謝料など)の16%~22%程度が相場である 。   

費用に関する総括とコスト分析

上記をまとめた費用目安は以下の通りである。

手続フェーズ費用項目裁判外(任意交渉)裁判手続(仮処分・開示命令)備考
フェーズ1:発信者特定着手金5万~10万円程度 20万~50万円程度 弁護士に支払う初期費用
報酬金10万~20万円程度 15万~30万円程度 特定成功時の費用
実費(担保金)0円10万~30万円程度 裁判所に納める保証金(通常返還)
フェーズ2:損害賠償着手金10万~20万円程度 (フェーズ1から継続の場合、減額・無料の場合あり)
報酬金獲得額の16%程度 獲得額の16%~22%程度 経済的利益に応じて変動

この費用構造は、被害者にとって重大な「コストパフォーマンス(費用対効果)」の問題、すなわち経済的な「ギャンブル」の側面を浮き彫りにする。

被害者は、フェーズ1において、時に100万円近い多額の費用(弁護士費用と担保金)を投じる必要がある 。しかし、この費用を投じた時点では、特定される相手が「誰」なのか、そして「支払い能力があるのか」は一切不明である。仮に多額の費用をかけて加害者を特定できたとしても、その相手が支払い能力のない学生や無職の人物であった場合、フェーズ2での損害賠償(慰謝料)の回収は困難となり、フェーズ1で支払った弁護士費用は完全に「持ち出し」となってしまうリスクがある。   

また、前述の「仮処分担保金」(10万~30万円)  という制度は、単なる手続費用ではない。これは、裁判所が被害者(請求者)に対し、「匿名を剥がすという強力な措置を求める以上、あなたも自らの資金をリスクに晒し、手続の正当性を担保しなさい」と要求するものであり、この制度が「発信者のプライバシー保護」と「被害者の権利回復」のバランス  の上でかろうじて成り立っていることを、金銭的に示している。   

弁護士費用は加害者に請求できるか?

フェーズ1(特定)にかかった弁護士費用や、フェーズ2(損害賠償)にかかった弁護士費用は、法的には「不法行為(誹謗中傷)と因果関係のある損害」の一部として、加害者に請求することが可能である。

しかし、裁判実務上、かかった弁護士費用「全額」が損害として認められることは稀であり、訴訟の難易度などに応じて「相当額」(例:認められた慰謝料額の1割程度)のみが損害として認定されるのが一般的である。したがって、費用の全額回収は困難であると想定しておく必要がある。

法的リスク分析:「開示請求します」は「脅し」になるか?

「誹謗中傷を受けた人がやった人に対して『開示請求します』というのは脅しに当たるのか」という疑問は、法的に非常に重要な論点である。結論から言えば、その「言い方」と「目的」によって、適法な権利行使にも、違法な「脅迫」にもなり得る。

脅迫罪(刑法第222条)の成立要件

まず、刑法上の「脅迫罪」が成立するための要件を確認する。脅迫罪は、相手またはその親族の「生命、身体、自由、名誉、財産」に対し害を加える旨を告知する(=害悪の告知)ことで成立する 。   

「開示請求します」という発言の法的評価

1. 原則:脅迫罪には当たらない

単に「あなたの違法な投稿について、プロバイダ責任制限法に基づき発信者情報開示請求を行います」または「開示請求を経て、損害賠償請求訴訟を提起します」と告げること(またはDMで送ること)は、原則として脅迫罪には当たらない

理由: 発信者情報開示請求、およびその後の損害賠償請求は、法に基づいた「正当な権利行使」である 。その目的は「慰謝料請求」や「謝罪要求」といった、法的に認められた権利回復の手段である 。判例上、「借金を返さなければ民事訴訟を起こします」と告げることが脅迫にならないのと同様に、正当な権利行使の手段を告げること自体は、違法な「害悪の告知」とはみなされない。   

2. 例外:違法な「脅し」と判断される境界線

しかし、その「権利行使」の告知が、社会通念を逸脱した「目的」や「態様」を伴う場合、脅迫罪や恐喝罪  が成立し得る。   

  • 境界線1:目的が不当な場合(恐喝罪のリスク) 「開示請求されたくなければ、慰謝料として(相場を大幅に超える)300万円を直ちに支払え。さもなければお前の人生は終わりだ」 → これは、正当な権利行使の範囲を逸脱し、相手の恐怖心に乗じて不当な金銭を得ようとするものであり、「恐喝罪」  に問われる可能性が極めて高い。   
  • 境界線2:告知内容が不当な場合(脅迫罪のリスク) 「開示請求してお前の氏名・住所を特定して、ネットに全部晒してやる」 「お前の会社や家族にも連絡して、お前の人生をめちゃくちゃにしてやる」 → これらは、もはや「損害賠償」という正当な権利行使の範囲を完全に逸脱している。「ネットに晒す」行為は相手の「名誉」に対する、「会社に連絡する」行為は相手の「財産(職)」に対する、独立した「害悪の告知」と評価されるため、脅迫罪  が成立する可能性が非常に高い。   

開示請求手続への悪影響(最大のリスク)

この問題の最も深刻な側面は、刑事罰(脅迫罪)のリスクだけではない。むしろ、被害者がこのような報復的な言動を取ること自体が、被害者自身の「発信者情報開示請求」を失敗させる最悪の要因となる点にある。

前述の通り(III. A. 4.)、開示請求が認められるには「開示を受けるべき正当な理由」(=損害賠償のため)が必要である 。 もし被害者が加害者に対し「特定してお前を晒し者にしてやる」  といったメッセージを送った場合、そのメッセージは、   

  1. 被害者自身が「脅迫罪」  という犯罪を犯した証拠となり得る。   
  2. それ以上に、発信者(加害者)側の弁護士が、開示請求の裁判において「ご覧ください裁判官。この請求者の目的は、損害賠償という『正当な理由』ではなく、『晒し者にする』という私的制裁です 。したがって、本件開示請求は『正当な理由』の要件を欠くため、棄却されるべきです」と主張するための、決定的な証拠となってしまう。   

つまり、被害者が加害者に直接コンタクトを取るという行為は、法的な利益を一切生まないばかりか、自ら刑事リスクを負い、かつ、自らの民事手続(開示請求)を自ら破壊する行為にほかならない。

この分析から導き出される実務上の戦略は、ただ一つである。加害者(発信者)に対しては、法的措置の準備中も実行中も、一切のコンタクト(公の場での言及、DMの送付など)を試みるべきではない。加害者が自らの法的措置を知る最初の瞬間は、裁判所からの通知、またはプロバイダからの「意見照会書」  が届いた時であるべきである。   

結論:法的措置を検討する被害者への戦略的アドバイス

本レポートの詳細な分析に基づき、SNSでの誹謗中傷の被害を受け、発信者情報開示請求という法的措置を真剣に検討している方に対し、以下の4つの戦略的行動を提言する。

  1. 第一に「証拠保全」、第二に「沈黙」 誹謗中傷を発見した瞬間に、弁護士を探すよりも先に、まず「URL」と「スクリーンショット」による証拠保全を冷静に実行すること 。そして、最も重要なこととして、加害者に対しても、他のフォロワーに対しても、法的措置や報復を示唆する一切の言及をしない「沈黙」を貫くこと。感情的な反論や「晒し返す」といった報復的な言動は、あなたの開示請求が「不当な目的」  と認定され、棄却される最悪の原因となり得る。   
  2. 最大の敵は「法律」ではなく「時間」 法的に開示が認められるか否かを精緻に検討することも重要だが、それ以上に「ログの保存期間(3~6ヶ月)」  という物理的なタイムリミットが、あなたの権利行使を阻む最大の障壁である。悪質な投稿であるほど、時間が経過すれば特定が不可能になるという現実を直視し、「すぐに」IT・インターネット問題に精通した弁護士に相談し、手続に着手すること。   
  3. 「2022年改正法(開示命令)」の活用を弁護士に確認 弁護士に相談する際は、2022年10月から施行された「発信者情報開示命令」  という迅速な新制度を活用できるかを確認すること。特に、ログの消去を法的に差し止める「消去禁止命令」  は、時間との戦いにおいて、あなたの権利を守る最も強力な武器となる。   
  4. 「費用対効果」の冷徹な分析 加害者の特定(フェーズ1)だけで、弁護士費用と裁判所への担保金(立替金)を合わせ、一時的に100万円近い費用負担が発生する可能性がある 。特定した相手に支払い能力がなければ、その費用は回収できない。 予想される慰謝料の相場(名誉毀損で数十万円~、侮辱で数万円~数十万円程度が一般的)と、かかる弁護士費用を天秤にかけ、あなたが求めるものが「金銭的な回収」なのか、それとも「相手を特定し、謝罪させ、法廷で正義を貫徹するという事実」なのか、ご自身の目的を明確にした上で、この手続に踏み出すかを冷静に判断する必要がある。   

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